『チャンク』について、もう少し深堀してみます。
これまでの(そしてまだ続いている)英語教育では、多数の単語を暗記し、それに文法知識を当てはめて、英語を理解したり、話したり、読んだり、書いたりするという指導がされてきました。
私はこのような指導法では、日本語と英語のように距離の遠い言語の習得は不可能であると考えています。
自然な英語を学びたいのであれば、決まり文句を中心にし言語間の距離を乗り越えるために“チャンク”で教えて、「最もよく使われる英語をまるごと覚えるのが一番」と私は長年考えてきましたが、そのような考え方の後押しをしてくれるのがコーパス(corpus)の概念です【10】。
コーパスとは、コンピュータを利用することによって集められた、英語がどのように使われているかという音声情報と文字情報の総体です。
追記:昨今のChatGPTなどの生成AIの躍進はこのコーパスが需要な要素を占めています。
コーパスには数種類があり、最近ではさまざまなコーパスが開発されています。情報量の総数は膨大なものです。
かつて文法書が書かれた状況では、その情報源となったのは主に文字情報によるものでしたが、コーパスでは音声による情報も入ったことが画期的です。
コーパスが明らかにしたことは、日常的にくり返し使用されている英語は、ある程度限られた(基本的な)表現が多く、また、どの単語とどの単語が結びつくかということも、ある程度パターン化されているということです。
そこで、「英語を丸ごと覚える」ための指導法について考えてみます。これは、言語学者のMichael Lewisにより提唱された「チャンク(chunks)で教える」というものです【11】。
具体的には、意味を伝える単位を、1つの単語以上のかたまりのチャンク(chunks)とし、数語のかたまりであるフレーズ(phrases)や、決まり文句(idioms)などを通して英語を教えようとするものです。
この指導法では、従来のように単語を1つずつ単独で教えることは避け、固定されたフレーズや慣用文で指導していきます。
そうすることにより、英語の意味が自然な形で理解しやすくなり、読むスピードもあがり、話したり、書いたりする場合も精度があがると言われています。
チャンクで指導するときには、決まり文句などは、コーパスによる使用頻度が高いものを利用した学習法を取り入れると、かなりの効果が期待できるでしょう。
日本国内でもチャンクでの学習成果は年々研究結果として明らかにされています。
言語学者の田中茂範教授(慶應義塾大学)は、「幼児(児童)期からチャンクによる英語の理解の仕組みになれておくと、将来どんなに複雑な構造の英語を学んでも自然な形で意味を処理することができるようになる」と述べています【12】。
私自身も長い指導経験から、英語をフレーズや決まり文句といった文単位で教えていくと、より大勢の人がその表現とそっくり同じ表現を使うため、
・聞き取りが早くできるようになる
・自分が発話したときに通じやすくなる
・読み取りがはやくなる
・書く時には間違えが少なくなる
と考えています。
単語ベース、文法ベースで英語を学ぶと、たくさんの単語を暗記し、高度な文法事項を学習したにもかかわらず、いざ自分で文章を組み立てて外国人と話してみると、「不自然な表現」と指摘されたり、書いたときには複雑な文章で理解してもらえないということが起こります。
しかし、チャンクで英語を覚えれば、たとえば人に物をあげたり渡したりするとき、
“I will give you this. / I will give this for you.”
などと自分で苦労して組み立てなくても、
“This is for you.”
と覚えておくことで、どんな場面でもさっと使うことができます。
このように、英語をチャンクでマスターしていると、その場に応じた自然な英語が話せるようになります。
子どもと英語-増補改訂版-(松香洋子著 2011年 mpi刊)より抜粋、加筆
【10】コーパスについての詳細は、http://corpus.byu.edu/ を参照ください。
【11】Lewis, M. (1993). The lexical approach: The state of ELT and a way forward.
Hove, UK: Language Teaching Publications.
【12】田中茂範 (2008). 「“My English”を確立するための礎を育てる-チャンク学習法の可
能性」 小川隆夫(編集主幹)『Teaching Master-小学校英語』(22-23頁). ベネッセコー
ポレーション.
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