こどもと英語ニュース ~レポート 小学校の現場から~

2020年4月27日

オンライン授業始まる

聖学院大学人文学部児童学科
小川隆夫

学校が休校となり、子どもたちも家に居る時間が増えたせいか、勉強のことが気になってきましたね。夏休みを返上するという自治体も出てきているようですし、尾木直樹さんは9月に新学期を開始すればとブログで述べています。

さて、ほとんどの大学がオンライン授業を行うことになりましたが、私の大学もマイクロソフトのTeamsを使い対話方式やオンデマンドで授業をすることになりました。ちまたではZoomが大流行でZoom飲みという言葉まで流行っているようですが、Zoomを使う大学もかなりあるようです。しかし、現状はPCを持っていない学生やwi-fiが自宅で使えない学生がいるため、その対策のために各大学が知恵を絞っているところです。前回のコラムにアデレードでは小学3年生全員にiPadが支給されノート代わりにしていると書きましたが、他国に比べ日本のICT教育環境の整備はかなり遅れていると思います。今、日本では、小・中・高校生にも可能な限りオンライン学習を取り入れたいところでしょうが実現するにはかなりハードルが高いのです。この機会に国全体でどんな状況でもすぐにオンライン授業ができるような機材や環境の整備が進むといいなと思います。

さて、家にいる時間が増えた最近、ブレディーみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読みました。これは本屋大賞2019のノンフィクション本大賞を受賞しています。ブレディーさんは、イギリスのブライトンに住んでいますが、息子さん(父はアイルランド人)の成長を通してイギリスの学校や教育のありのままを率直に綴っています。息子さんは地域でもトップの名門公立カトリック小学校に入り裕福な家庭が多くいる環境で育ちました。しかし、中学校に入る時に選んだのが元底辺中学校でした。そこで親子は大きなギャップを感じながらもイギリスの現実と教育の姿に触れていきます。今回は私が印象に残ったことを2つ紹介したいと思います。

1つ目は中学校で『ドラマ(演劇)』が中等学校教育の一環としてカリキュラムに組み込まれていることです。日常的な生活の中での言葉を使った自己表現能力、創造性、コミュニケーション力を高めるための教科なのだそうです。実は著者は英国の保育士免許を取得し保育士として働いていましたが、英国政府が定めた幼児教育カリキュラムにも「コミュニケーション&ランゲージ」という指導要領項目の中で、4歳の就学時までに到達すべき発育目標の1つに「言語を使って役柄や経験を再現できるようになる」というゴールが掲げられていると書かれているそうです(ブレディー、2019、p.29)。
英語が母語である生徒が在籍する中学校で母語を磨くトレーニングの1つとしてドラマという教科があるのです。これはまさに言葉の教育の一環だと思いました。明海大学教授の大津由紀雄先生は「母語はそれを身につけた過程も、身につけたその性質自体もほとんどのところ無意識的で、学校教育の中で言葉の教育が行われる意味はこの無意識の知識をある程度、意識化させて、言葉の力を発揮できるようになる支援をすることにある。」と述べています(大津他、2020、xii)。つまり、言葉の力を鍛えるために英国では『ドラマ(演劇)』を使っていることがわかりました。

そして、2つ目が『ライフ・スキル教育』という教科です。これはシティズンシップ・エデュケーション(市民教育)のことでキーステージ3(7年生から9年生)から導入することが義務づけられていているそうです(ブレディー、2019、p.72)。チャイルドリサーチネットによれば、シティズンシップ・エデュケーションは次の3つの構成要素から成るそうです。

  1. 責任ある社会的行動(social and moral responsibility) = 学校の内外において、児童・生徒が社会的・道徳的に責任ある行動をとること。
  2. 地域社会への参加((community involvement) = 隣人の生活や地域社会に対して関心を払い、社会に貢献すること。
  3. 民主社会の知識・技能の習得・活用(political literacy) = 上と同様に民主主義の制度・問題。実践を学び、国や社会生活の中でそれらを効果的に運用すること。

(QCA:職業資格・カリキュラム開発機関、訳:日本ボランティア学習協会2000:18より) https://www.crn.or.jp/LIBRARY/GB/15.HTM

この『ライフ・スキル教育』には期末試験があり、ブレディーさんの息子が受けた試験の最初の問題は「エンパシーとは何か」だったそうです。Empathyは共感、感情移入のことですが、彼の回答が秀悦でした。彼は『自分で誰かの靴を履いてみること』と英語の定型表現を書いたそうです。たぶん、Think in their shoes.あるいはPut yourself in her/his shoes.と書いたのだと思います。ブレディーさんはエンパシーを「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだと思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ(同、p.75)。」とまとめていますが、こんな答えを書くとはなかなかすごい息子だと思いませんか。英国では11歳から市民活動の意義と種類、歴史などを学び、実地研修をしてボランティア精神、助け合いの精神を培っているのです。私がリーズに留学していた当時、稀にみる大雪が降り空港が閉鎖され交通手段がすべて止まったような時、民間団体のホームレス支援の素早い動きとボランティアがあっという間に集まったことに驚きましたが、これはただ単にボランティアが盛んというより教育の成果なんだと改めて思いました。

英国の『ドラマ(演劇)』と『ライフ・スキル教育』の実際についてブレディーさんの息子の日常を通して改めて多くのことを知ることができました。子どもの英語を通して、自己表現能力、創造性、コミュニケーション力を高めたいと常に思っている私にはこの本は大いに参考になりました。

まだまだ予断の許さない状態が続いている中ですがご自愛ください。

参考文献
ブレディーみかこ(2019)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
新潮社
大津由紀雄・浦谷順子・齋藤菊枝編(2020)『日本語からはじめる小学校英語 言葉の力を育むためのマニュアル』
開拓者


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