こどもと英語ニュース ~レポート 小学校の現場から~

2014年7月29日

『児童が活躍する外国語活動』HRTと子どもたちのつぶやきはダイヤモンド

2014年7月29日
HRTと子どもたちの
つぶやきはダイヤモンド

長野県茅野市日本人講師兼スーパーバイザー
J-SHINE(小学校英語指導者認定協議会)トレーナー
mpiパートナー会員 仲沢 淳子

レポート:小学校英語の現場から

私はいつも2冊のノートを持ち歩いています。一冊は、ALT(※1)やHRT(※2)へ行ったフィードバックや、受けた相談を書き連ねたもの。課題が改善されたかどうかを確認するのに役立ちます。 もう一冊は、授業の中で、自分が“はっ。”と感じた事を書き留めておく、“発見ノート”です。誰に報告するわけでもないものですし、休み時間に急いで書く為、自分が判読出来ればOKの、殴り書きのページがほとんどですが、 この“発見ノート”は、理想と現実を客観的に捉え、頭を整理するのに役立つ、私にとっては大切な一冊です。

さて、このノート、見返していて気づいたのですが、ある種の“はっ。”がとても多いのです。それは何かと言うと、授業中にHRTや子どもたちが思わず口にした“何気ないつぶやき”にまつわる発見です。 思わず口をついて出た都合上、それらは全て日本語なのですが、そこに輝きを感じずにはいられない事が多いのです。 その中で印象に残ったエピソードをいくつかご紹介しますね。

あるクラスで“3人と挨拶をしたら座る”、という活動があった時の事です。
ほとんどの児童が座った後も、ゆっくり目の児童はパートナーを探してうろうろ、という、良くある光景になりました。その時、HRTが“最後までやって偉いなぁ。”とぽつり。すると、最後の一人が座った瞬間クラスから拍手が起こりました。 最後に座った児童は誇らしげでした。この時、理屈抜きで私の中に感動の嵐が巻き起こりました。小学校で何のために英語の授業を行っているのか、それはきっとこういう関わり合いの視点の芽を育てる為なんだ!と。 ともすると、英語習得が目先の目標になりがちなAll English(※3)の授業の中で、こういうHRTの“何気ないつぶやき”は、そこにいるクラス全員を、“コミュニケーション能力の素地を育てる”という本来の目標に引っ張り戻してくれる時があります。

もう一つ、ある歌を振り付きで紹介するという授業の時の事です。
高学年なので、歌や踊りにそろそろ抵抗を感じる児童も出始め、指導者の引っ張り方が問われる授業でしたが、この日は音楽をかけてALTが踊った瞬間、HRTが“ははは、これは面白い!!”と 大声で言ったかと思うと、子どもたちの前に自ら踊り出て、大きな振り付きで踊りました。後は子どもたちが、本当に楽しそうなHRTに自然について行くだけ。“Let’s do the actions.”なんていう指示も要りません。

他にも、勇気を出して手を挙げたのに、英語での言い方を間違えてしょんぼり座った児童に対し、“本当は分かってたんだよね。”と一言添えるHRT。 せっかく色々英語で言ってみたのに、どれも間違っていた児童に対し、“色々言ってみるのも大事かもね。”と挑戦した事自体を見逃さないHRT。

では、もしこれらのつぶやきをHRTが英語で言えていたら?それはそれで更に素晴らしい事は間違いないのですが、とっさに“本音”が口をついて出た、そしてそれが結果的には子どもたちのモチベーションを上げ、スムーズな活動につながった、という事で、私としてはこの前向きなつぶやきは“金賞”だと捉えました。

子どもたちのつぶやきの中にも、素敵なものがあります。低学年のクラスで、グループ戦のゲームを行い、勝敗がついた後のこと。負けたグループの児童が、1位の得点に対し、“すごいな!”と思わずぽつり。 すると、1位のグループの児童がそれを拾い、“2位でもすごいと思うけどな。”と。こうなると、勝敗はどうでも良くなり、“互いを尊重し合えるやりとりが成立した”、という事にクラス全体の意識が向き、和やかなムードが生まれました。

他にも、ALTが黒板に自分の名前を英語で書いた時だけで“かっこいい。”とこれまた思わず児童の口から飛び出した一言。そういった素直なつぶやきは、ALTにとっては反応があったという喜びにつながり、 クラス全体を前向きにしてくれる潤滑油のような効果があるのも事実なのです。“No Japanese.”と言ってつぶしてしまうには、あまりにもったいない気がします。

そのような訳で、ノートを見返す度、HRTと子どもたちのつぶやきは、どれも皆“ダイヤモンドの輝き”に思えるのでした。“えっ?All Englishなのに日本語でいいの?”と思われますよね。もちろん、それも然りかもしれません。 ただ、現時点での小学校のAll English前提の授業は、“日本語禁止令”より、“英語推奨令”と捉えた方が、円滑に行くように思えるのです。つまり、HRTや子どもたちがうっかり日本語を発してしまっても、“できる限り英語でやってみよう。”という前提に 戻れば良いだけで、禁止令=罪悪感につなげる必要はないのではないか、というのが今の所の私の見解です。皆さんはどう思われますか? 

*1:ALT 外国人指導助手
*2:HRT 学級担任
*3:All English 活動を英語だけで進めていくこと。100%でなくてもそれを目指していくこと。

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