こどもと英語ニュース ~レポート 小学校の現場から~

2016年12月27日

小学校英語の現場から

2016年12月27日
「初等中等教育における英語教育の発展のために」
ー日本学術会議の提言からー

小川隆夫
聖学院大学特任講師
J-Shineトレーナー検定委員
中央教育研究所小中高大英語教育プロジェクトメンバー
玉川大学教職大学院講師

レポート:小学校英語の現場から

読者の皆様、いつもコラムを読んでいただきありがとうございます。
 いつになるのかと気を揉んでいた次期学習指導要領について、12月21日に中央教育審議会より学習指導要領の改訂について審議結果をまとめた答申が松野文科大臣へ提出されました。
今までの情報とあまり変わらないようなことでしたが、2020年に向けて教科化が正式決定したことは、日本の小学校英語教育がこれで大きく前進したことは確かのようです。学習指導要領についてはこれから解説が発表され、いろいろな機会を通じて紹介されますので今回は簡単に紹介しておきます。
 今回、このコラムの中心は11月4日に日本学術会議から発表された「ことばに対する能動的態度を育てる取り組み‐初等中等教育における英語教育の発展のために‐」という興味深い提言についてです。日本を代表する研究者たちの提言はなかなか興味深く重いものがありますので紹介したいと思います。
 それではまず次期学習指導要領の紹介から始めます。

1.次期学習指導要領

 以下は中教審初等教育分化会によって示された『次期学習指導要領に向けた「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」』の答申(案)の一部です。
 高学年では教科型の外国語教育になり、「読むこと」「書くこと」が入り年間70時間実施、中学年では35時間が必要であること。時数については15分の短時間授業の設定など、弾力的な時間割編成を可能にしていくことが必要であると述べられています。今までいろいろ言われてきましたが、いわばモジュールの導入が可能だということです。以下が一部抜粋です。太字は小川によるものです。

第2部 第1章 2.小学校の外国語教育の改善・充実

・小学校段階では、現在高学年において「聞くこと」「話すこと」を中心とした外国語活動を実施しているが、子供たちの「読むこと」「書くこと」への知的欲求も高まっている状況にある。全ての領域をバランスよく育む教科型の外国語教育を、高学年から導入することとする。その際、単なる中学校の前倒しではなく、 “なじみのある表現を使って、自分の好きなものや一日の生活などについて、友達に質問したり答えたりすることができる”といった、発達段階にふさわしい力を育成する。高学年において、現行の外国語活動(35単位時間)における「聞くこと」「話すこと」の活動に加え、「読むこと」「書くこと」を加えた領域を扱うためには、年間70単位時間程度の時数が必要である。
・外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、日本語と外国語の音声や語順等に気付いた上で、外国語の音声や表現などに慣れ親しませるようにするため、中学年から「聞くこと」「話すこと」を中心とした外国語活動を行い、高学年の教科型の学習につなげていくこととし、そのためには、年間35単位時間程度の時数が必要である。
                            時数としては中学年・高学年においてそれぞれ年間35単位時間増となる。週当たりで考えれば、1コマ分であるが、小学校における多様な時間割編成の現状を考慮すると、全小学校において一律の取扱いとすることは困難である。15分の短時間学習の設定や45分に15分を加えた60分授業の設定、長期休業期間における学習活動、土曜日の活用や週当たりコマ数の増など、 地域や学校の実情に応じて組み合わせながら弾力的な時間割編成を可能としていくことが必要である。

2.日本学術会議の提言

さて、ここからは2016年11月4日に日本学術会議から出された「ことばに対する能動的態度を育てる取り組み‐初等中等教育における英語教育の発展のために‐」という提言についてです。 これは日本学術会議言語・文学委員会文化の邂逅と言語分科会によって作成されたものです。邂逅と言われても何て読むのと思ってしまいますよね。これはカイコウと読み、思いがけなく出会う、偶然の出会いという意味です。 ここには以下のような3つの提言がありました。

日本学術会議の提言

提言

(1) 非母語としての英語という視点の共有
 わが国の初等中等教育での英語教育は、言うまでもなく非母語の教育であり、具体的な教育方針を検討する際には、常にこの点を基本に置いて考える必要がある。
 まず、大部分の児童・生徒の母語が日本語であるという現実を踏まえ、児童・生徒たちの英語に日本語の影響が見られるのは自然な結果であることを、教育する側が認識し、 英語教育の中でも積極的に日本語に言及するべきである。
 第二に、母語の獲得と違い、英語と接する十分な機会を児童・生徒に提供することは 不可能であるという現実を踏まえ、児童・生徒が英語を聞いたり使ったりするうちに「自然に」英語に慣れ、その仕組みを習得するだろうと期待することは止めるべきである。
 最後に、世界で日常的に英語を使う人の多くが非母語話者であるという現実を踏まえ、 非母語話者の使う英語に共通に見られる簡略化など、母語の異なる人々の間での「分かりやすさ」を高める効果が期待できる特徴を探し、教育への活用を試みるべきである。

(2) 英語でおこなうことを基本としない英語教育への変更
 「英語による英語授業」に集中することは、初等中等教育の英語教育では適切と言えない。ことばの教育の一環として見れば、英語教育には、ことばの仕組みに気づかせる、 ことばを発したり理解したりするまでのプロセスに注目させる、そして、ことばに能動的に取り組む態度を育てるなど、 ことばを通じて、現行の学習指導要領が目標に掲げる「生きる力」を育む豊かな可能性が内包されているからである。「英語による英語授業」 は、このような可能性を閉ざすことがないよう、日本語による授業との適正なバランス をもって実施されるべきである。
 一定の基礎的な英語リテラシーが普及したわが国が今後目指すべきは、英語という特定の言語の、しかも話しことばに限定した運用能力の養成ではなく、児童・生徒ひとり ひとりが自ら進んで外国語に立ち向かうことを可能にする、ことば一般に対する幅広い理解と能動的態度の育成であると考える。

(3) 文字の活用、書きことばの活用
 文字は、時間や記憶の制約を受けずに、ことばを自由に吟味することを可能にする手段であり、ことばの仕組みやそれが働くプロセスを考えさせる教育には不可欠である。
 さらに、書きことばとしての英語は、社会で英語が日常的に使われているわけではないわが国のような環境でも、児童・生徒ひとりひとりの関心に合った情報を提供することができる。これは、児童・生徒たちの英語への興味を持続させる上で、大きな助けと なる。そのためにも、 「聞き話す」教育へと一方向的に重点を移すのではなく、言語教育の中に「読み書き」と会話をバランスよく位置づけることを目指すべきである。

 この提言には考えさせられるものがたくさんありますが、難しいことはさておいて、今回、次期学習指導要領にも「読むこと」「書くこと」が入ってきましたが(3)の文字の活用、書きことばの活用には共感するものがありました。
 提言の中でも触れていますが、ベネッセ総合教育研究所「小学生の英語学習に関する調査」では、約半数の児童が将来英語を使うことはないと回答しています。こうした児童や実年齢と英語で扱う指導内容のレベル差によって興味・関心を示さない児童に対して「読むこと」「書くこと」は、彼らに関心の高い情報を提供できるでしょう。

 実は日本語と同じように英語との距離が遠いと言われるフィンランドが常にTOEFLRの成績がトップグループいるのは読む、書く英語教育が関係しているとも考えられています。フィンランドでは教科書とワークブックを使い、3年生から始めて6年生までに習得する語彙数がなんと約2800語です。
日本では中学校でさえ現在1200語ですから、フィンランドでは小学校段階で、すでに日本の2.3倍の語彙を教えていることになるのです。

 フィンランド英語教育の研究者、米崎 里(よねざきみち)さんによればフィンランドの学習は教科書とワークブックにわかれ、教科書で学習者に大量の英文を読ませ、ワークブックでエクササイズをたくさんさせることで言語知識や言語能力をまず身に付けさせて、 そして、学習者が新しい英文に遭遇したとき、習得した言語知識や言語能力を応用して、自分で読めることを求めているそうです。ちなみに文法項目も中学校レベルのものをすでに教えています。フィンランド英語教育の研究者、米崎 里(よねざきみち)さんによればフィンランドの学習は教科書とワークブックにわかれ、教科書で学習者に大量の英文を読ませ、ワークブックでエクササイズをたくさんさせることで言語知識や言語能力をまず身に付けさせて、そして、学習者が新しい英文に遭遇したとき、習得した言語知識や言語能力を応用して、自分で読めることを求めているそうです。ちなみに文法項目も中学校レベルのものをすでに教えています。  つまりフィンランドでは大量のインプットが教科書で与えられているのです。

 また、提言では、書きことばの有利さについても以下のように述べています。

・話しことば、書きことばにしろ、発せられたことば(アウトプットしてのことば)が、文字によって可視化されると、時間や記憶の制約を受けずに自由に吟味できる。
・話しことばには、矯正、イントネーション、ポーズ、速度の変化など文字では表現できない側面があるが、文字を使って文を示しながら、その上に記号などを付すことができる。
・非母語の習得でも書きことばを利用すれば、目標言語のインプットを与えることができる。
・口頭でも英語活動が扱うテーマに比べ、はるかに多様なテーマが書きことばのテクストでは扱われており一人ひとりの興味関心に合致するテクストを見つけやすい。
・方言差が話しことばに比べはるかに小さく英語の多様性への対応もできる。

 一部簡略化していますが、書きことばを活用することにより、多様なテーマを扱うことができ、動機付けとなること、英語の多様性への対応の難しさを解消できる一つの方法になり得るのです。

最後に
 2000年前半、私は松香洋子先生と共に小学校で読む活動を続けてみました。ちょっと大人っぽくなった高学年の児童たちは英語ルームにある英語の絵本を夢中で読んでいました。 Pleasure Readingとして、今までの小学校英語活動でやってきた知識を総動員して読んでいたのです。 そう考えると「読む」「書く」の研究がもっと進んでも良いのかなと思いました。しかし、当時「文字や読む」などは、絶対に教えてはいけないという風潮があり、文字ということばを使うだけで、何か悪いことを教えているように思われた時もありました。
 それがこうしてやっと今「読む」「書く」が学習指導要領に当然のように入ってきました。あの頃から20年もかかっています。まだまだフィンランドのようにはいきませんが、これからは、皆さんと共に「読む」「書く」を上手に取り入れた指導をさらに研究したいものです。
 まずは、春先にでも発表される指導要領解説を待ちましょう。

  参考文献
ベネッセ総合教育研究所「小学生の英語学習に関する調査:小5・6年生の6割が「教室の外で英語を使ってみたい」と回答」2015年11月5日こちら
日本学術会議言語・文学委員会文化の邂逅と言語分科会こちら
米崎 里(2011).「自律学習者を育てるフィンランド?恵まれた学習環境の教員と児童」河原俊昭・中村秩祥子編『小学校の英語教育 多元的言語文化の確立のために』明石書店,pp.39-56.

プロフィール

小川隆夫(おがわたかお)
聖学院大学特任講師、J-Shineトレーナー検定委員、中央教育研究所小中高大英語教育プロジェクトメンバー、玉川大学教職大学院講師
立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科修士課程修了、英国立リーズベケット大学英語教授法修士課程修了
鳥飼玖美子氏のもとで「英語コミュニケーション教育」を学び、松香洋子氏を児童英語の師とする。埼玉県内の小中学校で33年ほど勤務し数々の英語活動の実践を発表する。
著書『先生、英語やろうよ!』 『高学年のための小学校英語』(mpi刊)は、小学校の先生方から英語活動のバイブルと呼ばれ圧倒的に支持されている。


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