松香洋子の提言

こうありたい日本の英語教育

子どもたちの未来のための未来の英語教育

2016年12月に、オーストラリアから4家族16人が日本にきて、東京、京都、広島で観光をした後に、最後はニセコでスキーを楽しむ、というのをお手伝いしました。
この集団を外国人観光客としてつぶさに観察していたら面白いことが分かりました。パパ、ママたちはスマートフォンにむかって英語で自分のやりたいこと、欲しい物を言うと、それを即時に日本語に翻訳してくれるため、タクシーの運転手、旅館の人、居酒屋の人も困ることがありません。
小学生と中学生の6人の男子が我が家に泊まりましたが、変な英語を書き込んでは変な日本語に訳させ、それをお互いに読み合ってゲラゲラ笑い続ける。5歳、7歳の妹たちは、Siriの機能を使って、英語を言っては日本語を学び、それを使って大はしゃぎ。退屈すれば携帯と会話をしていました。
このような人間とコンピューターとのやり取りを3週間も見ていると、これから本当に外国語教育は必要なのだろうか…と深く考えてしまいました。
これだけ自動翻訳機能が発展してくると、少なくとも観光のための簡単なやりとり等はコンピューターにおまかせの時代はそこまで来ているようです。

AIもどんどん発達し、絶対にじゃんけんに勝つロボットとか、東大の入試問題がかなりできるロボットとか、囲碁、チェスに勝つロボットとか、けん玉ができるロボットとか、芥川賞に応募する小説を書くAIとか、どんどん開発されつつあります。ロボットの怖いところは、彼らは勉強に飽きないので、これからも勉強を続けていけば、さらに優秀になっていくことが予想されます。末恐ろしいことは確かです。

よく言われることですが、2011年にアメリカの小学校に入学した子供たちが社会にでる時には、65%の子供は現存しない職業についているとか、今ある700種類の仕事の47%は自動化されるといった予測もあります。このような状況の中で、いったい学校教育は、そして民間の学習塾は、そして民間の英語教室では何を教育すればいいのでしょうか?教材、指導者、教育機関の3点から検証してみましょう。

教科書がいらなくなる日は来るのか?

もう20年も前になりますが、私が1年間研修をしたオランダでは、高校以上ではいわゆる「教科書」は禁止で、実際に流通している雑誌、新聞、映画、などで実際に使われている英語だけを学ぶことが義務付けられていました。

  1. 紙もののテキストは、書かれた瞬間に古くなる。
  2. もちろん、作られた映像も、音声教材も、古くなる。
  3. 毎日膨大に生み出される新しい事実、語彙に追いついていくこともできない。
  4. 文法だってよく変わる。
一方、
  1. ネットで調べ学習をすれば、知識そのものは日本語でも、英語でもなんでも入手できる。
  2. オンラインで学習すれば、いつでも、どこでも、英語を話せる人と実際に話すことが可能。
  3. ITを活用して勉強した方が国際的だし、内容的にも現実的。

このような状況の中で、教科書、テキストの役割は何なのかを突きつめていく必要があります。

  1. 学習の初期段階では、まだまだ英語による情報を自らインプットしたりできないため、自力でインプットできるようになるまで手伝う必要がある。
  2. 義務教育である中学校卒業時までは、英語によるコミュニケーションの基礎を築く時であるから、児童、生徒が繰り返し基本を学べるような教材は必要。しかし、これは文法を学んでから使うという手法ではなく、もっともよく使われる単語、表現を学び、そこに文法上の共通点があったら気づくようにする、といった配慮が必要。
  3. 英語と日本語は、非常に距離のある言語なので、初期のうちに音声の違い、文のパターンの違い、アルファベットという文字の対応の違いなどに慣じませることが必要。このような基礎的なことをしっかりと根付かせるには、しっかりとしたインプットを確保し、それを楽しく学ばせる指導法の確立が必要で、それを具現化した教材が必要。

先生がいらなくなる日は来るのか?

もしロボットが先生になったら? きっとこのロボット先生は優秀ですから、我々生身の教師の勝ち目はどこらへんにあるのか、しっかりと考えていく必要があるでしょう。

  1. ロボット先生は、情報を豊富にもっているので、たちどころに子どもの質問に答え、あらゆるデータを駆使して上手に説明する筈。「あなたはこれについてどう思いますか?」という質問に対し、今の子どもであれば、ロボット先生に聞かれる方が素直に答えるかもしれない。しかし、まったく発話をしない子ども・感情を見せない子どもの対応はロボットには難しいと思う。
  2. 生徒をやる気にさせることについてもロボット先生はなかなか巧みなので、このタイプの子どもにはこのような情報を提供すればやる気になる、というデータを豊富に持つようになるかもしれない。しかし、やる気にさせる、その気にさせる事を持続するのは、実はとても複雑なため、生身の教師にしかできない筈。
  3. 一人一人の個性に対応するのは、ロボット先生にはできないかもしれない。もちろん、ある程度はできるが、個性は実に複雑であるから、それを見抜くことはロボット先生にはできないかもしれない。

学校がいらなくなる日はくるのか?

日本ではあまりないが、アメリカでは親が自分の子どもを自宅で教育するホームスクーリングは盛んだし、オーストラリアのような広い国ではディスタントラーニングはもともと盛んで、このような場合はいわゆる「学校」という場はない。

  1. 日本で盛んになってきているのは、不登校の子どもたちが通うフリースクールの類である。いわゆる「学校」という制度にはなじまないが、より少人数の学びの場なら出席するという子どもも増えている。個々の成長のペースに応じるとか、人間関係により配慮ができるということかもしれない。
  2. もともと日本には寺子屋というものがあり、その伝統もあって、学習塾というものも存在する。このシステムが、入試対策、中間、期末対策、英検対策に追われるだけでなく、理念を貫くことができれば、違った形態の学習は追求しやすい。
mpi 会長 松香洋子

松香洋子は日本の英語教育のオピニオンリーダーとして全国各地で小学校・民間英語教育機関・民間および公立の幼稚園・小中学校・高校・大学にて講演を行っております。mpiセミナーでは小学校英語関連の講座・英語教育理論講座を担当しています。