松香洋子の提言

こうありたい日本の英語教育

日本に必要な英語教育は世界から学んだ

過去をふりかえって

私が日本の英語教育は「これではだめだ」と衝撃的に感じたのは、実は過去に3回あります。

第1回目

大学を卒業後すぐに高校の教員になり、その年に、旺文社とブリティシュ・カウンセルが主催した「高校教員のための英作文コンテスト」というのがあり、それに応募したところ、一等賞をいただき、ご褒美として、イギリスに短期留学をさせてもらいました。
もちろん私にとってはじめての海外でしたが、まだまだ日本人が自由に海外に行ける時代ではありませんでした。イギリスでは様々な講座にでたり、たくさんのホームステイをしたり、夏はオックスフォード大学のサマースクールに参加したり、とりわけ、好きだった演劇をたくさんみたりすることができました。
この経験をとおして、私が感じたことは、

  1. ① 英語で一番大切なのは会話を楽しむこと。イギリス人は毎日のようにお茶や食事の間に会話を楽しんでいる。
  2. ② 言葉はまず音声を楽しむためにあり、読み、書きは二次的なものである。
  3. ③ 英語にはユーモアが大切。これが人生の潤滑油。
  4. ④ 人前で自分の考えを述べたりするプレゼン能力が人間には不可欠。

私はこの経験をとおして、日本の英語教育は抜本からやり直しが必要、と強く感じました。

第2回目

留学時代

結婚して高校の英語教員を退職した私でしたが、子どもが5歳と3歳だった時にいわゆる「子連れ留学」をしました。二人の子どもが母親である私の目の前で日本語を習得した時にも感動した私でしたが、アメリカで第二の言語である英語をものの見事におよそ1年間で習得した時にはさらに感激しました。それを見た私は「そうか、日本の英語教育を抜本的に改革する方法は子どもから英語を教えることなのだ!」と強く思いました。
帰国してから再び高校に勤務しましたが、どうしても子どもに英語を教えたいという気持ちが強く、1979年に「松香フォニックス研究所」という民間の教育機関を創設しました。

設立当時の松香洋子

同じころ、日本児童英語教育学会(JASTEC)という学会が立ち上がりました。これは大学教員と私立小学校の英語教員と民間の児童英語教師が協力して児童英語教育というものを確立してゆこうという日本で初めての本格的な学会でした。この学会は今でも活動を続けていますが、実は今でも児童英語教育というのは日本ではまだまだ新しい研究分野です。私はこの学会の理事として長年、活動を続けましたが、創立当初は児童英語教育への風当たりはそうとうなものでした。
そのような状況の中で、松香フォニックス研究所はまず英語教室を始めました。対象は小学1年生から中学3年生までとしました。人間にとって人生の初めの5年間は母語を習得する神聖な時期と考えて、幼稚園児以下の英語教室は開設しませんでした。私共が目標にしたことは、

  1. ①15歳までに世界の同年齢の子どもたちと対等に、自信を持って、楽しく、英語でコミュニケーションができる子どもを育てる
  2. ②そのためには10歳ぐらいまでは音声指導を徹底する
  3. ③英語の音声がおよそできたところで文字指導をする(含むフォニックス指導)
  4. ④英語で英語を教えるという指導法を普及する
  5. ⑤カタカナをふる、いちいち日本語に訳す、という指導上の習慣を打破する

※基本的に今も変わらずにこの理念で教室運営をしています。
このような考えを基本とし、英語教室で必要な教材を開発し、それを販売し、同時に「指導者のためのセミナー」を全国各地で開催しました。英語教室、英語教育教材の出版、指導者育成の3つの活動は現在も変わりなく続けています。

理念

第3回目

「小学校での英語教育」に目覚めた時でした。私はイギリスに留学した経験や、自分で松香フォニックス研究所という教育機関を設立した経験から、学校における英語教育から距離をおこうと決意をしていました。
ところが、70年代、80年代、90年代に世界はどんどん国際化し、グローバル化が進行し、「小学校英語における英語教育」「小学校における外国語教育」ということが世界各地で話題になり始めました。
日本でも92年から当時の文科省が大阪で初めて小中連携を視野に入れて小学校における英語教育の研究指定校を設けました。しかし当時の日本では「小学校で英語?」「中学校からで十分」「日本語もできないのに!」と世間の風は冷たいものでした。
私は「小学校英語」の世界の実情を知りたいと思い、93年の1年間をヨーロッパで過ごしました。そこで分かったことは、外国語教育とか英語教育などが、その国の基本をつくる小学校という教育機関に教科として存在していないのは、このグローバルな時代を生きていく子どもを教育する機関としてありえない、ということでした。
ヨーロッパにおける小学校英語は、スウェーデンでの実践が一番古く、1959年には専用のテープ教材、のちにはビデオ教材を制作しました。英語が得意でない学級担任が教室でテープをスイッチオンするとそのテープは45分の長さがあり、テープが終わると同時に英語の授業も終わるという仕掛けになっていました。このようにして始まったスウェーデンの英語教育ですが、今ではよほどのお年寄りを除き、英語が達者になっています。やはり50年以上の実績というのは重みがあります。

Sweden English 案

北欧の国々ばかりでなく、私が1年間暮らしていたオランダ、お隣のドイツ、フランス、ベルギーなどでも小学校英語の動きは進んでいました。私が注目したヨーロッパではテレビの影響が強いことと、小学校英語を導入して数年すると中学校の教科書ががらりと変わってゆく、という事実でした。テレビの影響で子どもは英語が聞き取れるようになり、単語も表現もたくさん知った状態で中学校に進学するので、中学校側も変わらざるをえなかったのでしょう。

私は帰国後、民間の児童英語教育で得た知識や経験を日本の小学校で生かしてもらうにはどうしたものかと考え続けましたが、事態はなかなか進みませんでした。そしてようやく2002年、近隣の韓国や台湾や中国にすっかりと先を越された感はありましたが、どうにか「総合的な学習の一環として」「国際理解教育という傘のもと」「体験を中心として学ぶ外国語活動」が学校裁量という形でスタートしました。

そして現在は…

1979年の創立以来、mpiにはもちろんいろいろな変遷はありましたが、基本理念は変わることはなく活動を続けています。

mpiの英語教室、英語教育活動

現在では、mpiの理念を理解して共に活動してくれる同志は全国に多数存在し、本当にありがたいことです。かつて、フォニックスというのは、植物ですか、化粧品ですか、と間違われていた時代はまるで嘘のように、『フォニックス』という言葉も定着し、子どもが英語を学ぶことは、水泳やサッカーやピアノを習うのと同じくらい当たり前になりました。
そのような中で、全国に展開されているmpi英語教室の子どもたちは、音声獲得期を大切にし、たくさんの歌や絵本に親しみ、フォニックスを通して読めるようになり、自ら読み、書くという領域に自然と進んでいっています。
mpi で特に大切にしてきたことは、その成果をパーフォマンス評価するということであり、発表会を通して、子どもたちの英語力だけでなく、人間力、国際性も育んできました。また、近年においては、一方的な発表だけでなく、やりとり力も保護者等の皆様に見て頂けるようにポスターセッションなども取り入れています。
※mpiは2017年に4月29日をフォニックスの日として登録制定いたしました。

小学校における外国語活動の支援 

小学校での外国語活動、英語教育の支援も様々な方面でしてきました。その内の1つは、大阪府と共同開発した「小学校英語6ヶ年学習パッケージ DREAM」というDVD教材です。この教材には1年生用から6年生用があり、まとまった会話文からはじまり、アルファベットからフォニックスへの移行、読みから書きへの自然な移行を可能にする画期的な教材です。
日本の英語教科書が小学校でも中学校でも、テーマ別に1つずつ進んでいくという従来の方式を踏襲している中で、この教材では、英語環境がない日本のこどもたちが繰り返し、継続的に、4技能の基礎を身につけることができるようになっています。
※こちらの商品はmpiより小学校英語 SWTICH ON!として販売しております。
このDVDの開発をきっかけに、現在、多くの自治体でこの教材の採用がすすんでいますが、例えば神奈川県大和市では3年計画でこの教材も使って、学級担任の自立を促し、2020年の小学校における教科化に備えるというプロジェクトが推行しています。

mpiは全国各地の小学校へ出向き、どうやったら小学校英語を子どもたちにとって有意義な、一生ものの体験になるかを研修してきました。私が全国の小学校を回り始めた当初に比較すると、小学校英語のレベルは格段に上がってきました。多くの中学校の先生もそれを認めています。もちろん、まだまだALT(外国人)に丸投げといった状況や、学級担任が日本語ばかり話しているなど課題はありますが、全体からみれば、日本の英語教育の中で小学校英語ほど理想的に実施されている分野はない、と考えています。どうしてかというと、小学校英語ははじめから「コミュニケーション」という切り口でスタートしたからです。それに比べ、すてに中学校英語、高校英語というものが確立された状況の中へ「コミュニケーション」というテーマを持ち込んだ中学校、高校の英語教育はまだまだ転換が難しい部分が多いのです。

J−SHINEの活動

日本における小学校英語の普及、発展のために、私がこの10年以上にわたって真剣に取り組んできたのが、J-SHINE(特定非営利活動団体 小学校英語指導者認定協議会)という活動です。この活動は、たとえ教員免許は無くても、英語が得意とか、子どもに英語を教えた経験のある民間人が小学校へいって英語教育、外国語活動の支援をできるようにしようというものです。免許法との関連など、まだまだ課題はありますが、小学校英語の成功には、英語ができる日本人が学級担任と一緒に楽しく、英語によるコミュニケーションの見本をみせるというのが必須であると私は信じて疑いません。学級担任が一人で教える、または外国人ALTに丸投げをするというこれまでのやり方には無理があります。また、IT化、タブレットや、電子黒板の使用などについては、国家的な予算処置がないかぎり、財政が厳しい地域では、何も実現できないというもどかしい問題があります。少子高齢化、過疎化等の問題をかかえる自治体が英知を結集して、将来の子どものために結束すべきですが、学校、地域、行政と民間といった壁にはまだまだ高いものがあります。

J−SHINE

そして子どもたちの未来のために

2020年を目処に、日本の英語教育界は大きな改革を成し遂げていくことになります。日本の学校における英語教育について語るのであれば、今回の英語教育大改革の趣旨を理解し、様々な立場から、前向きに協力していくことが大切でしょう。
そして同時に、日本の、そして世界的なAI, IT, IoT, ネット環境等の激変に教育がどうやって対処していくのかは、その先にあるさらに大きな課題です。この激変の中で、英語教育界はいったい何をしていけばいいのか、それについて考えていきたいです。

mpi 会長 松香洋子

松香洋子は日本の英語教育のオピニオンリーダーとして全国各地で小学校・民間英語教育機関・民間および公立の幼稚園・小中学校・高校・大学にて講演を行っております。mpiセミナーでは小学校英語関連の講座・英語教育理論講座を担当しています。