こどもと英語ニュース ~レポート 小学校の現場から~

2020年8月6日

BowではなくOJIGIなのです

聖学院大学人文学部児童学科
小川隆夫

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、私はいつもと違う取材を受けました。3月にNHK、今月は日本経済新聞からですが、両方とも「おじぎ」のことでした。実は私は異文化コミュニケーション、その中でも非言語コミュニケーションが得意分野なのです。

とかく外国人からみるとペコペコお辞儀をしているように思われる日本人。街中でも電話をしながら何度もお辞儀をしている人をよく見ることがあります。外国人から見るとこれはどういうこと?と不思議に思うらしいです。私の教え子の留学生たちも最初は何をしているの?と驚いたとそうです。しかし、今年は3月頃から世界中で握手やハグなど接触型のあいさつを避ける傾向になってきました。そして、6月18日にイギリスのジョンソン首相がフランスのマクロン大統領を出迎えた際に、握手ではなく軽いおじぎをしたことでおじぎは急に注目を集めるようになったのです。

欧米では、かつておじぎは王や神など身分の高い相手にするもので、対等な相手にはしない。できればしたくないものでした。しかし、最近は単なるbowではなくojigiとして認識されてきて、相手に敬意を表すものと理解されています。民俗学者の神崎宣武さんによれば訪日外国人は日本人以上におじぎを理解している人もいるといいます。
握手は手を握りあうことで、互いに武器を持ってないことを示す目的で始まったという説で知られていますが、手の中をさらけ出すことで安全だということを知らせていたわけです。しかし、「察しの文化」の日本ではこうしたことがなくてもちょっとしたしぐさや目の動き、顔の表情で理解してしまう傾向があります。また、親愛の気持ちも身体接触を伴うことなしで表すことが通常になっています。
ですから日本では握手を商売にしてしまうこともあります。アイドルグループの握手会でお気に入り子と握手したいがためにCDを何百枚も買って不要で捨てたというようなことが何年か前に問題になりました。握手が大きな利益を呼ぶ商売になるなんてことは他国では考えられないでしょう。
異文化コミュニケーションの世界では「察し文化」の日本は典型的な高文脈文化(High-Context Culture)で、すべてをことばで説明するアメリカなどは低文脈文化(Low-Context Culture)となります。世界中からの移民が多く異なる文化的背景を背負っている多種多様な人達が多い国では以心伝心や察しの文化は通用しません。ことばが内容を伝える唯一の手段だからです。
電話での対応にこの違いの一端を見ることができるとして、原沢伊都夫(2013)さんが異文化理解入門』という本の中で次のような面白い例を紹介しています。

日本では、電話をかけるときに「もしもし、山田さんはいらっしゃいますか」と尋ねます。誰も「山田さんと話せますか」とは聞きません。山田さんの在籍の有無を尋ねるということは、山田さんと話をしたいという意味になると考えられるからです。
これに対し、英語では "May I speak to Mr. Yamada?" と単刀直入に聞かなければなりません。"Is Mr. Yamada at the office?"と聞いたとすると、"Yes, he is at the office. Do you want to speak to him?"などと反対に質問されてしまうでしょう。
(原沢、2013、pp.122-123)

この例からも私たちは何気なく日本文化独特のことばの使い方をしていることがよくわかります。それに比べ英語はまず初めに用件を言っているのです。
この例は小学校外国語の目標である「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方」の学習にぴったりです。『小学校英語始める教科書』(小川・東、2017、mpi)の10ページには以下のようにあります。

学習指導要領の外国語の目標には「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ、外国語による聞くこと、読むこと、話すこと、書くことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を次の通り育成することを目指す」とあります。「外国語のコミュニケーションにおける見方・考え方」とは、外国語のコミュニケーションの中で、どのような視点で物事を捉え、どのような考え方で思考していくのかという、物事を捉える視点や考え方として、「外国語で表現し伝えるため、外国語やその背景にある文化を、社会や世界、他者との関りに着目して捉え、コミュニケーションを行う目的や場面、状況等に応じて、情報を整理しながら考えなどを形成し、再構築すること」である。

このように文化の違いによって言葉の使い方が違ってくるのです。みんなでこうした例を見つけて話し合うのも楽しいですね。

参考文献
原沢伊都夫(2013)『異文化理解入門』研究社.
小川隆夫・東仁美(2017)『小学校英語はじめる教科書』mpi松香フォニックス.


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